小笠原村立中学校小笠原村立母島中学校の生徒さんからの「硫黄島慰霊訪島に参加して」
感想文が寄せられましたので、紹介させていただきます。
「硫黄島に墓参に行って」 小笠原村立中学校 佐々木まゆみ(平成10年6月)

私は硫黄島のことは、話やビデオ写真などを見たが、あまり何万人もの人がなくなった悲しさで、
残酷な戦争があったことが実感出来なかった。だが行って、つたさんの話や、インタビューに
協力していただいた小沢さんの話しなどを聞いたり、実際にこの目で硫黄島の戦跡を見て次第に
実感がわいてきて、おそろしくなった。壕や、基地のあと・・・使っていた食器、道具など
ありのままに残っていた。それに壕の中は、せまく、暑い。私の入った壕でさえ42度もあった。
当時は、もっと熱かったかもしれないし、今だってもっと熱い壕はあることだろう。
さらに、人もたくさんいてよけいに熱かったと思う。その上、硫黄も外よりきつい・・・。
なのに、水は、小沢さんの話によると、生水がもらえたのは、病人くらいであとは、塩のまざった
うすしょっぱい、飲んでもすぐにのどが渇いてしまうような水をほんの少しだったらしい。
それでも仕事をしなければならない。私はつらさが身にしみてきた。私だったら1日でバテて
しまうだろう。だが、つらかったのは、硫黄島の環境だけではない。アメリカ軍との激戦・・・。
アメリカ軍は、上陸の前に、硫黄島にたくさんの爆弾をおとし破壊して上陸した。
そのため、日本軍の戦力もおち、何万人の人々が亡くなった。壕の中に火を入れられ、
焼き殺された人もいた。私は、この硫黄島墓参参加は、自分にとって良い体験になったと思う。
行く前にかいた誓いの言葉どおり、戦争のない平和な世界をつくれる大人になっていきたいと思う。

「戦争の悲しさを見た」 小笠原村立母島中学校 鎌田優

私は、硫黄島に行くのを楽しみにしていた。どんな島だろう、壕の中はどうなっているのだろう、と。
着いた時は悲しみなどあまりわからずバスに乗って視察した。しかし、ある一つの壕の前にくると、
おじいさんが何かみんなに話している。聞いている人達を見ると泣いている。この時よほど戦争での、
悲しみは大きいのだなと感じた。そして、その壕から離れる時は「また来るからね」と泣きながら
離れていった。その姿を見てすごくジーンと来た。どれだけツライだろう、どれだけ悲しいだろう。
私達は親も兄弟もなくしていない。これはすごく幸せな事なんだと実感した。そして、もう一つの
壕に入った時は奥に行けば行く程暑くなり、みんなそこにいられない程だった。こんな暑い壕の中に
戦争当時の人達は何日も暮らしていたのかぁ。大変だっただろうなぁ。そう思いながら壕から出た。
船の中でのインタビューは昼間泣いていた人とは違う様に明るく親切に色々な事を教えてくれた。
私達がインタビューをした人達はだいたい兄弟を亡くした人が多かった。そしてその時の気持ち、
その兄弟との思い出なども教えてくれた。こういう事などもあり、二日目は一日目とは違った
気持ちで視察をした。その日は暑さもひどかった。そんな中、午前中はほとんど歩きで回った。
暑くて暑くて絶えられない程だった。この日の午前中はさすがにつらかった。午後は天山と言う所に
行っておまいりをした。菊の花を一人一本ずつ持ちお供えした。私はこういう体験をして完全では
ないが戦争のツラさ、悲しみがわかった様な気がする。でも私みたいにほんの少しわかっただけでは
いけない事だと思うのに、沢山知っている人は私よりも、もっと悲しくてツライだろうなぁと思った。
これからも硫黄島での貴重な体験を無駄にしないで役立てて行きたいと心に強く感じた。
静岡県桐陽高等学校の生徒さんから「硫黄島遺骨収集記録誌」を読んでの感想文が
寄せられましたので、一部紹介させていただきます。
・今の平和があるのは、悲しい思いを残し戦死した人々が過去にいたことを忘れてはならない。
 平和な日本をつくってくれたことに感謝しています。

・ご遺骨が、全体の半分以上も収集できない事はとても辛いことで、大変さがわかる。

・戦争を経験した人の時代から戦争を経験していない時代の人に伝えていくことが必要なことだと思う。
 経験していないのに戦争を考え平和の大切を考えるのが最も大切だと思った。だから硫黄島に
 いく機会があれば行ってみたい。

・私に、戦争のこ事を身近に感じさせてくれて有り難うございました。こんな大変なんだということが、
 今、心に入りました。写真は、自分の近くの出来事のようで、こわかったけど、今、自分が、
 何をしたらよいのかと考えさせられました。

・戦争というものを体験していない我々若い世代の人間がもっと戦争というものにふれ、知識として
 取り組み、理解していく。そうすることによってまた次の世代の人間に、戦争というものから目を
 そらさず直視できる世の中をつくっていけたらと思います。そんなチャンスをくれた皆様に感謝します。 
戦争で亡くなられた多くの方々たちのためにも、平和な日本を築いていかなければならない事を、
強く感じとっていただきたいと思います。
硫黄島協会