活動内容
昭和20年3月、日本将兵21,900名の尊き命を呑み込んで玉砕した硫黄島。
東京から南1250kmの大平洋上に位置する硫黄島には、今なお約1万3千柱のご遺体が眠っています。
また、東京都に属しながら民間人が渡る事が出来ない唯一の島なのです。硫黄島協会は昭和28年の
発足以来、一貫して「戦没者のご遺骨の完全収集」「ご遺族への遺品返還」「硫黄島渡島慰霊追悼式」
を柱に活動を行っています。ここでは硫黄島協会が行ってきたこれまでの慰霊事業を紹介します。 
(1)硫黄島みちしるべ戦跡の建立
硫黄島協会は、先の大戦で尊い命をなくした旧日本陸・海軍軍人/軍属の安らかな鎮魂と御冥福を
祈ると共に、幾多の功績を残し奮戦した各部隊の戦闘の跡を、永く後世に伝えるため墓碑に代わり
「硫黄島みちしるべ」を建立しました。昭和44年6月26日、硫黄島協会初代会長和智恒蔵氏が
天山戦没者の碑前に南観音を始めて建立したのを機に、これまで85碑を建立しました。
(2)日米硫黄島戦没者合同慰霊祭
硫黄島の激戦から40年目となる1985年(昭和60)2月19日、「名誉の再会」と題した日米両国初の
戦没者合同慰霊祭が行われました。硫黄島協会が窓口となり米国側と交渉を重ね実現しました。
米国側の参加者は退役軍人、遺族関係者ら総勢270名、日本側は総勢100名程が参加しています。
戦後初めて行われた慰霊祭を記念して硫黄島の南海岸には「再会の祈り」と題した記念碑が
建立されました。この碑には、日本語と英語で以下のような文章が綴られています。
「硫黄島戦四十周年に当たり、かっての日米軍人は本日ここに、平和と友好の裡に同じ砂丘の上に再会す。
我々同志は死生を越えて、勇気と名誉とを以て戦った事を銘記すると共に、硫黄島での我々の犠牲を常に
心に留め、且つ決して之れを繰り返す事のないように祈る次第である。」
昭和60年2月19日
米国海兵隊第三・第四・第五師団退役軍人会
硫 黄 島 協 会
その後、1995年(平成7年)3月14日には日米硫黄島戦没者合同慰霊祭(50周年)、1998年(平成10年)2月21日には
日米硫黄島戦没者合同慰霊顕彰式(53周年)、そして2000年(平成12年)3月14日には第4回目の
日米硫黄島戦没者合同慰霊祭(55周年)が行われました。戦後半世紀以上が過ぎ、関係者たちも高齢となった現在、
この4回目の慰霊祭が最後の合同慰霊祭となりそうです。
(3)天皇陛下・皇后陛下の行幸啓
平成6年2月12日、天皇、皇后両陛下は戦後49年目にして、まさに全島が墓場のような島、
硫黄島に行幸啓されました。
昭和46年、国が建立した日本軍将兵の慰霊碑「天山慰霊碑」、東京都が建立した「鎮魂の丘」、
「硫黄島島民平和祈念墓地公園」を巡拝され、陛下は下記のようにお言葉を述べられました。
この度、この島を訪問し、祖国のために精根込めて戦った人々のことを思い、
また、遺族のことを考え、深い悲しみを覚えます。今日の日本が、
このような多くの犠牲の上に築かれたものであることに深く思いをいたし思います。
鎮魂の碑の正面に立つ摺鉢山は忘れ難いものでありました。